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”ぼんやりとした不安”

1927年7月24日、

そのような遺書を残して芥川龍之介は自殺。

”死にたがっているよりも生きることに飽きているのです”

『或阿呆の一生』より

”僕はゆうべ或売笑婦と一しょに彼女の賃金(!)の話をし、

しみじみ「生きる為に生きている」我々人間の哀れさを感じた。”

『或旧友へ送る手記』より

厚生労働省が慢性腰痛に対して、

精神的要素も多分に含まれると発表し、

「現代はストレス社会だ!ストレスは腰痛も引き起こす!」

何ぞと言われておりますが、

今も昔も娑婆苦の充ち満ちた世界でございましょうね。

いや、むしろ戦前の、

とくに昭和初期にかけての方が酷いです。

世界大恐慌の影響による大不景気、

さらに東北で記録的な農作物の不作により相当数の飢餓による死者。

江戸時代ではなく、昭和でも飢饉による死者は数万人レベルでありました。

そんな時代でも腰痛はあったのでしょうか?

否。

生き死にかけて生活していればそんな余裕はないでしょう。

戦時中には鬱になる余裕すらなく、

B29の爆撃を受けながらリストカットすることなどできません。

坂口安吾の堕落論によれば、

”戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのである”

所詮、ダメな奴は時代に限らずダメなのでせうか。

物事ってやつは、勉強し、

知れば知るほど安易にモノが言えなくなります。

健康に関しても昔のようにぺらぺら喋れなくなり、

逆に「治るとはつまる処なんであろうか?」と、

禅問答のように堂々巡りをして言葉が少なくなります。

本日はちょいとスクールのことやら何やら考えてたら、

頭が固くなりました。

固くなると人に優しくできません。

何だかんだ皆、男は一生懸命生きております。

そんな輩には優しくしたい。

お前はよくやっていると、

優しくしてやりてぇです。

それがなかなか出来ぬ自分の器の狭さにうんざりし、

総合のジムに行くと、そこは、

”マッチョパラダイス”

なんてこったい。

”楽園”はここだったのか・・・・・

ムキムキなきゃつらと殴りあったり、蹴りあったり、

「松井さん、なんか病院で足にひびがはいってるかもって言われて・・・・

歩くのも痛いっす!」

というマッチョを瞬殺で治して、

「あれ?あれれ?痛くなーい!これ宗教だったら速攻俺はいるっす!」

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なんぞとマッチョを喜ばしたり、

ナイフをマッチョに投げようとする外人さんのショーを見たり、

要するにマッチョと楽しくトレーニングしたら陽気になりました!

という1日。

明日もわっしょい生きよう。

以上!
忍押!(すお!)