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本日の午前中は弟子二人とスクールの打ち合わせ!

弟子だからといってイエスマンではありません。

三人寄れば文殊の知恵といいますが、

知恵とは、

基本的にあらゆることを議論しなければ、

それは知恵に繋がってこないと思う。

なので、イエスマンな弟子だったら、

何十人に囲まれても知恵は湧いてこないでしょう。

また、自分が正しいと思っていることが、

愛弟子相手に全て以心伝心で伝わるとも思っていません。

もちろん、伝わるときもあるのですが、

自分の主張の根幹となる価値観があやふやな時に聞いても無理。

弟子も困ると思うし、

今まで結構困らせていたなぁ、

とブログを書きながら反省。

内田樹の著者から引用すると、

芸道において、「指を見るな、月を見よ」ということがよく言われる。

私たちが師から受け継ぐのは、師が実体的に所有する技芸や知見ではない。

そうではなく、私たちの師がその師を仰ぎ見たときの視線の仰角である。

師がその師を星を見上げるほどの高みに仰ぎ見ている限り、

仮に私の師と私の間にどれほどの身長差があっても、仰角のぶれは論じるに足りない。

視線の角度は正しく継承され、私はそれを次代に相伝することができる。

そして、その仰角を保持する限り、見上げる先にはつねにシリウスが光っているのである。

要するに師が目をつぶって、

「俺の見てる月が見えるだろう?」

と言われても弟子は、

「えーっと、その前に目を開いていただけますか?」

まともな弟子ならそう言うでしょう。

それを、

「はい!月が美しゅうございます!」

なんて、おべんちゃらを使うような、

そんな腐った師弟関係だったら、

すぐに根底から腐ってその組織は遠からず崩壊するでしょうね。

互いにはっきりした軸があり、

立ち位置を修正するために話し合って知恵を出す。

そんなことを午前中はしておりました。

それもまた楽しからずや!

以上!
忍押!(すお!)