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師の仕事は実定的な知識や技術を教えることではない。

子どもを成熟させることである。

そして、成熟の旅程は牧歌的な風景でみたされているわけではない。

それは一種の「地獄巡り」である。

教師の責務は子どもたちが地獄巡りをしたあとに、

戻り道を指し示すことである。

「地獄巡り」したことない者は歳がいっても

中身は子供のままである。

内田樹の「街場の教育論」に書かれている一節。

「地獄巡り」したことない者は、

歳がいっても中身は子供のまま。

大卒で22歳ぐらいで企業に勤め、世間の荒波にもまれながら

「地獄だ・・・・」

と思い、働くことは、

大人になる一種の通過儀礼かもしれませんね。

通過儀礼といえば、有名なのはアフリカのマサイ族。

現在でもおこなっているかわかりませんが、

14歳になると男子はヤギを抱え、

1人でサバンナへと赴きます。

このヤギを使ってライオンをおびき寄せ、

そのライオンを無事狩ることができれば成人として認められます。

この通過儀礼を怖がりライオンを狩らないと、

年齢がいくつだろうと成人としては認められず結婚もできません。

(一番怖がってるのはヤギでしょうね・・・・)

さて。

24歳で社会人経験もなく、

通過儀礼どころか、常識もママのお腹に置き忘れてきちゃった

”スタッフ見習いのМ村君”

高校生のバイト並みにしか稼げず、学費も親に出してもらい、仕送りももらい、

彼女も居らず、夢も希望も目標もなく、ただぼんやりと何も考えずに生きている彼。

「ちょっと聞いてるの?!М村君?М村君?!」

返事がない。

返事をしてもタイミングがおかしい。

今日もきょうすけちゃんは置いてけぼりさ。

でも、何より寂しいのは会話に「熱」がないこと。

まるで”空気人間”と話しているよう・・・・

人を学びに向かわせるのは知的な「飢え」であると思う。

せっかく松井がそれなりの本質をついた話をし、

さらにきょうすけちゃんが治療院経営にも繋がる良い話をしているのに、

返事がないし、返事を促すと、

「はぁい・・・・」

と変なタイミングで返す。

何よりも二人が気持ちを込めて話しているのに、

全く熱がこもってない態度にはイラっときますね。

それで仕事もできないし、お小遣いももらって、おやつも沢山食べさせているのに・・・・

ああ、だんだん腹が立ってきた!

「これはサバンナでヤギの代わりにするしかない・・・・」

地獄を巡れば態度も変わるでしょう。

子供だから意味も価値もわからないのかもしれません。

大人にならないと響かない話なら、

大人になってもらうしかない。

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「よーし、М村君!

今から30万円あげるからアフリカのマサイ族のところに行ってきて!

そんでヤギの代わりになってライオン狩ってきなよ!」

という言葉が喉まで出かかりました。

そんな”サバンナ大作戦”を2割ぐらい本気で考えた、

金曜日の午前中でした!

以上!
忍押!(すお!)