「人生が苦しい!オラ、狂っちまうだ!」

 

人の生き方に答えはあってないモノ。

 しかし、あえて言えば苦しい人生は

「性(さが)」に合わない生き方なのかもしれません。

 

その昔、”乞食桃水”と呼ばれる偉いお坊さんがいました。

 

 

どんなに立派な寺の住職におさまってもすぐに逃げ出して、

乞食の群れに身を投じ、

 乞食の面倒をみていた乞食坊主桃水。

 

 ある弟子が師匠である桃水についてゆこうとしたとき、  

「小僧。無用ということを聞き容れぬか、

わしとお前しは境涯がちがうのだから随伴はならぬ。

たとい無理に随伴しても、

あとにはお前が飽いて身を退くことは見えすいている。

無用の随伴は固く相成らぬ。

小僧よ。 早く帰れ!」

 

といってもついてくるので、

大地を床として一夜を明かした二人。

 

暫らく歩いていると、 往来の隅っこに乞食の死体がころがっていた。

桃水は死骸を手厚く葬り、

傍にあった死人の食べ残した雑炊を見た。

それはどうみても喉へ通りそうもない代物。

一見しただけでもヘドが出そうな気味のわるいものであった。

しかし、桃水は全く頓着せずに死人の食べ残した雑炊を手早く半分食べ、

残りの半分を弟子に、 「お前も食べ よ」 と言って与えた。

 

「昨日から今朝へかけて何もたべていないから、

さぞお前も空腹だろう、さぁ食べよ」と。

 

弟子は少々ためらったが、

思い切って喉へ流した。

 

口へ入れた途端に吐き出しそうなるほど異様な臭気がするので,

一気に嚥みくだした。 が、やはり食べきれず、

食べた雑炊をそのままどっと吐いた。

 

これを見て桃水は、

「だから俺について来るのは無理だと言ったのだ。

性(さが)が違うのだからなぁ」

 

と言ったという。

 

 

桃水は自分の性(さが)を知り、

その性(さが)のままの生活をしていたのでしょう。

 

治療も似ていると思う。

自分の性にあっている治療なら幸せだ。

 

たとえ繁盛していても性に合わず、自分を殺しているとキツイ。

 

性とは命の素質。

その資質を求める道が「求道」なのかもしれませんね。

 

以上!

忍押!(すお!)