諸君らは『肩こり』という言葉が100年ほどしか歴史がない新しいコトバだということはご存知であろうか?

正確には1909年頃に流布されたので99年ほどである。

 

 

 

 

 

 

 

江戸時代までは肩が“張る”と言われていた。

 

肩が“こる”という言葉を最初に使ったといわれているのは夏目漱石。

彼が明治42年に発表した「門」という小説の中に、

肩に対して“こる”という言葉が初めて使われております。

 

「指で圧して見ると、頸と肩の継目の少し背中へ寄った局部が、石の様にこ凝ってゐた」

 

当時、漱石のこの小説は朝日新聞に連載されていたので、漱石の小説を通じて肩が“こる”という言い方が日本中に広まり、現在に至ります。

 

『肩こり』という言葉が拡がったことにより、

自然と死語となった言葉に

【肩が良い】

という言葉があります。

 

これは「運が良い」という意味です。

 

『ほんにあの人は肩の良い人じゃ・・・』

 

という言葉の使い方が江戸時代にはありました。

(時代劇には出てきませんけどね!)

 

 

 

 

 

 

 

これは倶生神(くしょうじん)信仰からきております。

 

倶生とは、倶生起(くしょうき)の略で、

本来は生まれると同時に生起する煩悩を意味する言葉。

 

倶生神(くしょうじん)とは人が生まれると同時に生まれ、

常にその人の両肩に在って、

昼夜などの区別なく善悪の行動を記録して、

その人の死後に閻魔大王へ報告する神様のことです。

 

左肩にある男神を同名(どうめい)といい、

善行を記録。

 

右肩にある女神を同生(どうしょう)といい、悪行を記録するといいます。

 

インドでは冥界を司る双生児の神様。

しかし、仏教が中国に伝わると、中国固有の思想などと習合して日本に伝わってきました。

 

(詳しく知りたい方は 立川 昭二 の「からだことば」を読みましょう!)

 

さて。

 

本日、左肩が大変辛いと訴えるご婦人がいらっしゃいました。

 

病院で検査をしても原因不明。

夜も激痛で眠れないとか。

 

理学検査しても痛がり過ぎてよくわかりません。

肩関節の検査をした途端に、

「あっ!」

と叫んでその場にうずくまったり、

寝返りすらも呻きながら、

「痛い痛い!」と言う始末。

 

『あ~、面倒くせー患者が来たな~』

優しくない松井は、

「面倒くせ~」

と心で叫びながら治療。

 

すると、その患者さんが、

「実は私、最近人にお金を騙されて、それから怒りと悲しみで寝てても肩に力が入り、それ以来左肩が辛くなったんです・・・・」

 

と涙ながらに語り始めました。

 

へ~そうなんだぁ~

 

ふと松井は倶生神の話を思い出し、

その話を患者さんにしました。

 

そして、

「左肩だから善行の神様が怒っているんですよ」

今、僕が「そんなに怒らないでください」と

優しくお願いしますね!」

 

と言いながらさすさす撫でていたら、あら不思議。

痛みが軽減し、

さらに、

「肩が良い=運が良い!痛みが軽減したということはこれからさらに運気上がりますよ!」

 

というと、その患者さんはとても喜んでニコニコ笑い始めました。

 

結果は、

「肩はまだ痛いけど、すごくスッキリしました!また来ます!」

と笑顔で帰っていったのでOK!

 

我々治療家の仕事は医者ではないので笑顔で患者さんが帰れば100点でいいんじゃないのかな。

 

僕らが相手にしているのは人間。

病気や疾患が全てではない。

 

丸ごと全体がすべて。

 

人間とは何ぞや?

 

常に疑問に思い、

人間自体を学んでいく。

 

温故知新ではないですが、

古き処にそのヒントは沢山隠されていると思ふ今日この頃です!

 

以上!

忍押!(すお!)